頻度の多い4つの摂食障害を取り上げて、最近の治療を概観します。
(参考)過食のしくみ
アメリカ精神医学会の診断基準集であるDSM-5では、食行動障害および摂食障害群として、以下の8つを示しています。
異食症
反芻症
回避・制限性食物摂取症
神経性やせ症
神経性過食症
過食性障害
他の特定される食行動障害または摂食障害
特定不能の食行動障害または摂食障害
今回は、このうちの神経性過食症、神経性やせ症、過食性障害、回避・制限性食物摂取症の4つをとりあげて治療を概観します。
神経性過食症(ブリミア・ネルボーザ BN)
実地臨床で重要度の高いものとして、ブリミアと呼ばれる神経性過食症があります。
ブリミアの特徴として、第一にむちゃ食いがあります。ブリミアでは、むちゃ食いが繰り返されます。
ブリミアのむちゃ食いの特徴は、
1.非常に多い量の食べ物を、短時間(2時間以内ほど)に食べることと、
2. 食べることがコントロールできない(止めたいけど止められない、食べ始めるのを我慢できない)ことです。
またブリミアでは、代償行動によってむちゃ食いによる肥満を防ごうとします。
代償行動には、嘔吐、下剤の使用、断食、過度の運動、などがあります。
代償行動自体はあまり効果的ではないため、ブリミアの人の体重は変動しやすいのですが、一般的にはブリミアの人の体重は標準範囲内か、やや重めと言った程度です。
ブリミアの人は、むちゃ食いを繰り返すことに対して、罪悪感・羞恥心・食べることへのこだわり・体重増加への不安などの感情を持つようになります。
このような感情のため、ブリミアの人の多くは他人に対して自分の食行動を秘密にしています。
家族でさえ、ブリミアであることを知らなかったということが多々あります。
ブリミアの病因
病因として、社会文化的要因、心理的要因、家族的要因などの多因子が考えられています。
痩せていることに価値があるとされるような文化的背景を持った、先進国で多く見られます。
家族的要因として、肥満の家族歴を認めることがあります。
神経伝達物質としては、セロトニンやノルエピネフリンの関与が考えられています。抗うつ剤がブリミアに有効であることや、セロトニンが満腹感に関係していることからです。
ブリミアの人の一部が経験する吐いた後の幸福感は、体内オピオイドの一つであるエンドルフィン濃度が嘔吐によって上昇するためと考えられています。
ブリミアの人は衝動をコントロールすることが苦手で、一部の人はむちゃ食いや嘔吐に加えて、薬物依存や自己破壊的な性行動を行うことがあります。
ブリミアの人の多くが、幼少期にお気に入りの毛布やぬいぐるみを持たずに、養育者(母親)から離れられなかったという経験を持っています。あたかも自分自身の体を「お気に入りの物」として使っているようだという研究者もいます。
ブリミアの治療
治療で最もエビデンスがあるのは、認知行動療法です。次いで対人関係療法、青少年には家族ベース治療も有用とされます。
薬物療法の中心は抗うつ薬です。本邦未発売ですがフルオキセチンの高用量(60mg/日~80mg/日など)が有効です。
フルオキセチン以外では、トラゾドン、オンダンセトロン、トピラマートなどが有効とされます。
食欲減退薬として使われることがあるブプロピオン(本邦未発売)は使用しないでください。ブプロピオンはてんかん発作を引き起こす危険性があるため、摂食障害には使えません。
神経性やせ症(アノレキシア・ネルボーザ AN)
次にアノレキシアと呼ばれる、神経性やせ症です。
アノレキシアでは、持続的な食事制限で体重が著しく減少します。
背景には、体重増加に対する強い恐怖心があります。
アノレキシアの人は、体重・体型・摂食コントロールなどによって自己価値を評価します。
体型が細く維持出来ていれば自己評価は高く、逆は逆です。
また、自分の体を歪めて見てしまうため、実際には極端に痩せているのに、自分は太っていると思い込んでしまうことがあります。 (作られた理想的ボディイメージとの乖離、ボディイメージのゆがみ)
アノレキシアには2つの型があります。制限型と過食/排出型です。
制限型のアノレキシアでは、食事を極端に制限します。また、体重をコントロールするために過度の運動をすることもあります。
過食/排出型のアノレキシアでは、極端な食事制限に加えて、過食と代償行動(嘔吐や下剤の使用など)を認めます。
アノレキシアの病因
ブリミアと同じく原因は不明ですが、社会文化的、心理的、家族的、遺伝的といった多くの因子が発症に関与していると考えられています。
中でも、遺伝の影響が大きいとされています。
アノレキシアの人は、自我の確立が不完全で、自尊心が低く、自分自身が評価され愛されているという感覚がないと言われます。
アノレキシアの人の一部では、尿や脳脊髄液(CSF)中のMHPG濃度の低下が報告されていて、ノルエピネフリンのターンオーバーと活性の低下が示唆されています。
アノレキシアの人が空腹を感じなくなるのに、体内オピオイドの関与が想定されています。一部の患者では、モルヒネ拮抗薬の投与で劇的な体重増加が認められたと報告されています。
職業や趣味が発症の確率を高める場合があります。例えば、厳しいバレエ学校に学ぶ若い女性は、アノレキシアを発症する確率が7倍以上になると言われています。
アノレキシアの治療
思春期のアノレキシアに対しては、家族ベース治療(モーズリー家族療法)が最もエビデンスのある治療法です。治療の初期段階では、親が食行動の管理を全面的に行います。
家族ベース治療による寛解率は、完全寛解が49%、部分寛解が89%で、再発率は約10%でした。
家族が参加できない人には、思春期フォーカス療法(AFT)が用いられます。
薬物療法では、過去に多くの薬剤が治療に用いられましたが、結果は様々です。
かつてリチウムの有効性を示す研究がありましたが、現在では推奨されません。脱水などによるリチウム中毒の危険性が高いからです。
ブリミアで有効であったフルオキセチンですが、アノレキシアでは効果がありません。ただ、寛解に至った人の再発予防という点では有効なようです。
スルピリドや三環系抗うつ剤なども、効果的でないことがいくつかの研究で示されています。
シプロヘプタジンは、制限型のアノレキシアで効果が示されています。
現在最も高いエビデンスを持つ薬剤はオランザピンです。
オランザピンは、複数の対照試験で一貫した効果を示しました。
アノレキシアの治療には、心理学的治療、薬物療法、栄養学的介入などを組み合わせた複合的なアプローチが必要です。
過食性障害 (Binge Eating Disorder: BED)
上記2つより、数の上ではずっと多いのが過食性障害です。
過食性障害はICD-10にはなかった障害です。DSM-5と ICD-11で、摂食障害の一つとして新たに取り入れられました。
過食性障害では、定期的にむちゃ食いを起こします。
ブリミアとは違って、嘔吐などの代償行動を行いません。
過食についての恥ずかしい感情や、罪悪感などから、一人で食べたり、隠れて食べたりすることが多く見られます。
一般に肥満の人が多く見られます。
過食性障害の治療
心理療法として、認知行動療法、対人関係療法、弁証法的行動療法などが用いられます。
認知行動療法は、過食性障害に最も効果的な心理療法とされます。
ただし、認知行動療法単独では体重減少は限られています。薬物療法と組み合わせることで、大きな効果が生まれます。
薬物療法としては、三環系抗うつ薬、SSRI、デュロキセチンなどの有効性が報告されています。
抗てんかん薬のトピラマートとゾニサミド、ADHD治療薬のアトモキセチンは、過食に効果があるだけでなく、体重の減少ももたらします。
また、本邦で小児のADHD治療に用いられるリスデキサンフェタミンは、過食症に対して最も強い効果を有しており、米国FDAが成人過食性障害の治療薬として承認した唯一の薬です。
回避・制限性食物摂取症( Avoidant-Restrictive Food Intake Disorder: ARFID)
子どもに多く見られるのが回避・制限性食物摂取症です。
回避・制限性食物摂取症では、アノレキシア、ブリミア、OSFED(次に説明します)の特徴である体重増加に対する恐れや体重や体型へのこだわりがありません。
それにもかかわらず、十分な栄養を摂取することが困難な障害です。
食べ物に興味がない、食欲がない、特定の食感を嫌う、食べることで起こる結果を恐れる(体重や体型によらない)などの理由で体重が減少し、健康的な体重を維持することができなくなります。
ARFIDの多くは、自閉症スペクトラム障害の症状を持ちます。そして、食べ物の味や食感に不快感を感じて必要な栄養を摂取できません。
ARFIDの治療
発達障害を背景にした症例では、望ましい行動変化に対して報酬を与える、随伴性マネジメントを用いた行動介入が有効です。
薬物療法としては、低用量のオランザピンとミルタザピンが有効です。
他の特定される食行動障害または摂食障害(Other Specified Feeding or Eating Disorders: OSFED)
実際の患者数としては、最も多いのが OSFED です。
思春期の摂食障害でも、このタイプが最も多く見られます。
OSFEDの人は、神経性やせ症(アノレキシア)、神経性過食症(ブリミア)、過食性障害(ビンジ)など、他の摂食障害の症状の一部を持ちますが、基準を完全には満たしません。
他の摂食障害と同様に深刻なもので、適切な治療が必要です。