ICDやDSMには、障害を特定する用語として「精神病性(psychotic)」という言葉があります。
例えばICD-10の「精神病症状を伴う重症うつ病エピソード」では、次のように「精神病性」を説明しています。
妄想、幻覚あるいはうつ病性昏迷。妄想は通常、罪業、貧困、切迫した災難、自責に関するものである。幻聴や幻嗅󠄁は通常、中傷や非難の声、汚物や肉の腐った臭いのようなものである。重い精神運動抑制は昏迷に至ることがある。
DSM-5では、ICD-10の「昏迷」は「緊張病を伴う」という特定用語の中に含まれており、「精神病性」という用語はもっぱら、妄想・幻覚の存在と関連付けて説明されています。
この、精神病性(psychotic)という言葉の元になる「精神病(psychosis)」ですが、日本の教科書ではあまり取り上げられていません。
手元の5、6冊の教科書を見ても、よく読まれていると思われる「標準精神医学」などでは索引で見当たりません。唯一大熊先生の教科書(現代臨床精神医学)で、「精神病(psychosis)」を歴史的観点から説明しています。
以下
このブログでは、米国NIHの文書をもとに、精神病(psychosis)を説明していきます。
精神病とは、精神が何らかの影響を受けて、現実との接触を一定程度失っている状態を表現する言葉です。
精神病の状態にある時、その人は思考や知覚が乱れて、何が現実で何が現実でないかを理解出来なくなります。
精神病の主な症状は、妄想と幻覚です。妄想とは間違った信念であり、幻覚とは存在しないものを見たり聞いたりすることです。
妄想と幻覚以外には、まとまりのない会話や状況にそぐわない行動があります。
精神病の状態にある人は、うつ、不安、睡眠障害、引きこもり、意欲低下、全人的な機能低下をきたすことがあります。
精神病の原因は様々です。睡眠不足、何らかの身体疾患、ある種の薬、アルコールや薬物の乱用が精神病の症状を引き起こす可能性があります。また、精神病は、統合失調症や双極性障害などの精神疾患の症状である場合もあります。
精神病では、早期の治療開始がとても重要です。精神病の症状が出始めてから治療を開始するまでの期間を、未治療精神病期間(DUP)と言いますが、この期間が短いほど、つまり、症状が最初に現れてから治療開始までが早いほど、治療効果が高いことが示されています。(DUP: duration of untreated psychosis)
精神病が発症する前には、以下のような行動変化が現れます。精神病の初期症状と言えます。これら一つ一つの症状はそれほど重要ではありませんが、複数個の症状が揃っている場合には警告サインと考えられます。
学業成績や仕事の成績が心配なほど落ちる
思考力や集中力に支障が生じる
他人に対して疑い深く、偏執的で、気楽に接することが出来ない
社交的でなくなり、一人でいる時間が長くなる
普通でない、過激に新しい考え、奇妙な感情、逆に感情を示さない
セルフケアまたは個人衛生の低下
現実と空想の区別がつきにくい
言葉が混乱し、コミュニケーションに問題が生じる
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参考に、DSM-Ⅳ-TRに記載された説明を引用追加しておきます。(2022.1.31)
精神病性の最も狭い定義は、妄想または顕著な幻覚に限定され、幻覚はその病理的本質に対する洞察なしに起こるものである。
やや範囲を広げた定義としては、顕著な幻覚で本人が幻覚的体験として実感するものも含まれる。
さらに広いものは、統合失調症におけるその他の陽性症状(すなわち、まとまりのない会話、ひどくまとまりのないまたは緊張病性の行動)も含むという定義である。
症状に基づいたこのような定義とは異なり、これまでの分類(例:DSM-ⅡおよびICD-9)で用いられた定義は、そのほとんどがあまりにも包括的であり、機能障害の強さに焦点を当てたものであった。そこでは、精神疾患が “通常の日常的要求に対応する能力をひどく妨げるほどの障害” をきたした場合に “精神病性” と呼ばれていた。
この用語は、かつては “自我境界の喪失” もしくは “現実検討の著しい障害” として定義されていた。