月経精神病

女性の精神障害をみるとき、月経周期を考えることは非常に重要です。

月経精神病とは、月経周期の変化に一致して精神病エピソードが起こるものです。

月経精神病の症状は短期間しか続かず、完全に寛解します(まったく症状がなくなります)。

症状の再発がホルモン治療で予防できるので、女性ホルモンの変動が原因であると示唆されています。

エストロゲン仮説というものがありますが、それによれば、エストロゲンは女性の神経を保護し、精神障害の発生を防ぐとされます。

逆に、エストロゲンの減少は精神障害を悪化させます。

エストロゲンの神経保護作用が推定されるのは、以下の理由によります。

①女性は男性よりも精神障害の発症年齢が遅いこと

②閉経後は、女性の精神病発症率が上昇すること

③女性の方が男性よりも、老年期精神病の精神病症状が重いこと

また、エストロゲンが急激に減少するような治療によって、精神障害の発症が促進されると考えられています(卵巣摘出など)

同じように、エストロゲン(とプロゲステロン)の濃度が急激に低下する出産後は、感情的な精神病エピソードのリスクが高くなります。

エストロゲンの体内のレベルは月経周期を通じて変化します。

通常は、月経周期の中間にピークがあり、月経開始前に減少します。

エストロゲン仮説では、月経前後のエストロゲンが低い時期に精神障害が悪化すると予測します。

 


文献で公に紹介されている症例をご紹介します。

症例1

42才女性、既婚、G2P2

彼女の症状は、

急激に出現するイライラ感と攻撃性、被害妄想、幻覚に支配されたような行動、過度な執着、自己統一性の混乱、思考の混乱、支離滅裂な会話、そしてセルフケアの不足などでした。

このような症状が、月経の初日から始まり20日間続くのですが、この間、彼女は部屋に閉じこもり、家族とも交流しません。その後数日で、症状は徐々に改善し、機能的に完全に回復し、症状の出現前と同じ状態に戻ります。

症状は最後の出産から約13年後に始まりました。家族や親族に、精神疾患や、彼女と同じような症状の人はいません。

彼女自身、7年前に症状が出現するまで、PMSを含めて同様の症状はありませんでした。

精神科の病院を受診したのは、最終月経の2週間後です。

精神科の初診時には、イライラしており、攻撃的で、思考の混乱が認められました。

入院後リスペリドン2mgで治療を開始し、4mgまで増量。入院の2週目には症状が軽くなり、時にはご機嫌になることも見られました。身の回りのセルフケアも徐々に改善していきました。

次の月経が始まった時に症状の再発が無いことが確認され、リスペリドン4mgでの退院となりました。

精神科病院での検査結果は以下の通りです。

血液、腎機能、肝機能、甲状腺機能は正常。

卵胞期のホルモン検査では、

卵胞刺激ホルモン(FSH) 4.8、プロゲステロン 26.7、プロラクチン値 54.2、エストラジオール 未測定
と、プロラクチンを除いて問題ありませんでした。

 

症例2

19才女性 G1P0

彼女は月経期間中に、自宅の床で全裸で血まみれになっているところを発見されました。

その奇妙な行動と、暴言・暴力といった激しい攻撃性で、精神科に強制入院になります。

彼女は、「家族が自分に呪文をかけた」「自分を自殺させたがっている」という被害妄想を主張し、ちょっとした刺激に何時間もヒステリックに笑い続けます。

大衆が自分を殺そうとしているという迫害妄想も示します。

精神科医による問診では

月経の5~6日前から中等度のうつ状態になり、月経終了後4~5日で回復する。
回復後は逆に何日か躁状態になる。
このうつ状態、躁状態の間は、睡眠と食欲の乱れが生じる。
このような症状の強さは毎回違っているが、常に月経に関連している。
エピソードの殆どは、治療しなくても自然に治る。

婦人科医による診察では

9歳で初潮を迎えた。
月経周期は30日で、持続は6-7日である。
月経の量は多く、月経痛は非常に強かった。
自然流産が1回ある。
婦人科的検査は正常であった。

彼女の生育歴には、子供の頃に身内から性的虐待を受けたことが含まれていました。

彼女は、虐待に関する侵入的記憶(意図せずにトラウマが思い出される)、悪夢、フラッシュバックを経験していました。

精神科入院後、ハロペリドール10mg/日で治療が行われましたが、錐体外路症状が出現したため、リスペリドン4mg/日に変更されました。

また情動の起伏に対処するため、リスペリドンに加えてバルプロ酸1000mg/日の投与も行われました。

リスペリドンとバルプロ酸はよく効き、彼女は2週間で退院します。

退院後は、精神科通院に加えて、月経周期を抑制するためのホルモン療法を検討するため、婦人科チームによるフォローアップが組み込まれました。

 

症例3

14才女性、G0P0

不安症と診断されたことがある14歳の少女が、最近半年ほど「性格の変化」と奇妙な行動を呈するようになっていました。

精神科を受診したのですが、

家族によれば、引っ込み思案だった彼女が社交的になり、授業の試験を落とし、眠れなくなったといいます。今までの彼女には無かったことです、と。

彼女自身の言葉によれば、最近2週間は中学時代から続く不安に落ち込みが加わって「本当にストレスが溜まっている」とのこと。

家族歴では、母方の親族に双極性障害が2名、父方の親族にうつ病が1名います。

初診時の診察を経て、精神科で社会不安障害、うつ病、不注意型ADHDと診断されました。

フルボキサミンとアルプラゾラムで治療が始まりましたが、1週間経っても不眠と集中困難が続いたため、トラゾドンが追加されアルプラゾラムは中止されました。

2週間後、彼女の気分は著しい改善をみせましたが、不注意の問題は続いていました。そこで、ノルアドレナリン・ドーパミン再取り込み阻害薬が追加されました。

しばらく彼女は順調に過ごしていましたが、1か月後に家を出て徘徊し、混乱した状態で近所の庭にいるところを家族に発見されました。

その次の朝、家族が目を覚ますと、台所が無茶苦茶に荒らされ、食べ物まみれでハロウィンの仮面をつけた彼女がそこにいました。

精神科を受診し医師の診察を受けましたが。彼女は混乱しており、起こった出来事の記憶も乏しい状態でした。

医師は身体疾患の可能性も考えて身体科に相談し、身体科に入院して代謝、神経、感染症、リウマチの検査が実施されました。

検査で症状の直接的な原因は発見されませんでしたが、髄膜炎菌性髄膜炎の可能性が否定できなかったため、抗生物質による治療が行われました。

この入院治療が奏効したのか、彼女は順調に経過していると報告されたため、精神科でのフォローアップは行われませんでした。

身体化への入院から7か月後、サマーキャンプに参加していた彼女はキャンプから失踪し、午後2時半になって湖で裸で泳いでいるのを発見されました。

このエピソードがあったので、再び精神科を受診しましたが、両親は、症状の原因は精神的なものでなく身体的なものであると考えて、身体科で2回目の精密検査を受けました。

最初の時と同様、今回の検査でも、身体的な病因を特定することはできませんでした。

前回効果のあった抗生物質の投与が試みられましたが、最初の入院とは異なり、今回の治療では症状の改善は見られませんでした。

今回の入院で、彼女の診断病名は(身体疾患によるものではなく)精神疾患であると両親に伝えられました。

その後しばらくして、彼女の精神症状が月経と一致していることを両親は発見しました。

そこで両親が内分泌専門医に相談したところ、緊張病型の精神病の可能性を示唆されました。

医師の指示によりレボノルゲストレル/エチニルオエストラジオール(ピル、本邦名トリキュラー、アンジュ)の投与が始まり2か月間は良好に経過しました。

しかし、2か月後に、パラノイア、妄想、思考障害、尿失禁などといった今までで一番重篤なエピソードが発生しました。

このエピソードの後、ピルに加えてリュープロレリン(リュープリン)が追加されるとともに、不安と不眠症のためにセルトラリンとクロニジンが併用されました。

この組み合わせに変更後、彼女は何か月も順調に過ごしました。

18か月後に、リュープロレリンは中止され、ピルと抗うつ薬の併用で1年後も元気に過ごしています。

 

(つづきます)

2019年7月29日 | カテゴリー : PMS PMDD 女性 | 投稿者 : wpmaster