ペルソナ

ペルソナとは元来は劇の中で役者がかぶる仮面のことですが、人生という劇の役者である人間個人を指すようになりました。

ユングの分析心理学では、人が外の世界に向かって見せる顔をペルソナと言います。真の自分を隠して、俳優のように役割を演じる外向きの顔ということです。

何億という人間が生きているが、顔はそれよりもたくさんある。だれもがいくつもの顔を持っているからである。(リルケ)

社会に適応した人格を形成するためには、社会の中で役割を演じることが必要だとユングは考えました。

社会で役割を演じることのストレスが、自分の内面世界を不安定化させないためのメカニズムがペルソナにはあります。

社会に適合してうまくやっていくのには、 合理的に機能するペルソナをもつことが役に立ちます 。

また、精神的な健康を維持するためには、社会の求める顔と真の自分との間のバランスがとれている必要があります。

そういう意味で、いろんな状況に柔軟に対応でき、その背後に存在する自我が矛盾なく反映されるペルソナはよいペルソナと言えます。

ペルソナでしか判断されない人、ペルソナ抜きではその人を思い浮かべることができないような人、そのような場合にはよいペルソナをもっているとは言えません。

例えば、どんな状況でも先生としてしか振舞えない、相手が誰であっても生徒に対応するようにしか対応できないような、そのような(先生)ペルソナは問題のあるペルソナです。

ペルソナは 、他者と良好な関係を築き、社会をうまく渡っていくのにとても役に立ちます。

逆に言えば、ペルソナなしで社会を渡るのは、裸で通りを歩くようなものだとも言えます。

攻撃に対して無防備であり、弱く傷つきやすい状態です。

ペルソナをかぶることで、できないことができるようになります。

クレームをつける客にひたすら謝り続けることができるのも、素の自分ではなく、店員と言うペルソナをかぶっているからです。

子供の頃は、親の期待、先生の期待、仲間の要求などに合わせる必要性からペルソナは成長します。

そのような意味で、ペルソナは人格の望ましい部分を担っていると言えます。

大人となってからは、自我と矛盾しない、柔軟で理想的なペルソナを身に着けて社会を生きていきたいものです。

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