精神薬と車の運転

心療内科、精神科で扱う薬の殆どが、添付文書の記載に従えば運転禁止薬剤にあたります。

睡眠薬、抗精神病薬、抗不安薬、気分安定薬(抗てんかん薬)のほぼすべてが運転禁止であり、抗うつ薬も殆どが運転禁止とされています。

法的な根拠として、道路交通法第 66 条には以下のような記載があります。

第66条第1項(過労運転等の禁止)
何人も、前条第一項に規定する場合のほか、過労、病気、薬物の影響その他の理由により、正常な運転ができないおそれがある状態で車両等を運転してはならない。

しかし、「薬物の影響その他の理由により、正常な運転ができないおそれがある状態」とはどのような状態で、それを誰が判断するのかという疑問が生まれます。

運転禁止薬を服用した人は、例外なく運転してはいけないのか。車を運転しなければ生活が成り立たないような地域で、現実に服薬しつつ運転して生活を送っている人も少なくないのではないかと想像します。

このような状況を勘案して、 日本精神神経学会は平成 26 年 6 月に公開した「患者の自動車運転に関する精神科医のためのガイドライン」の中で次のように述べています。

処方する医師としては、薬物の開始時、増量時などに、数日は運転を控え眠気等の様子をみながら運転を再開するよう指示する、その後も適宜必要に応じて注意を促す、といった対応が現実的であろう。

つまり、添付文書に運転禁止とあるから一律禁止にするのでは無く、個々の患者の副作用の出方や病状に応じて、適宜個別に運転の可否を判断することが望ましい、というものです。

ワイパックスとラミクタールについて、我が国の添付文書と英国のものを比較してみます。

ワイパックス(ロラゼパム)

(日本–ワイパックス)
眠気、注意力・集中力・反射運動能力等の低下が起こることがあるので、本剤投与中の患者には自動車の運転等危険を伴う機械の操作に従事させないよう注意すること。

(英国–ワイパックス)
鎮静、健忘、集中困難、めまい、視力障害、筋の機能低下などが起こる可能性があることを患者は説明されるべきである。もしこれらの異常があれば、運転や機械の操作、自身もしくは他人に危害が及ぶような活動に従事するべきでは無い。睡眠不足があれば注意力が低下する。併用する薬剤によって、これらの異常が増幅される可能性がある。

また、この薬剤は認知機能を低下させ、安全運転能力を損なう可能性がある。このグループの薬剤は、道路交通法 5a で規制された薬剤リストに含まれる。

ラミクタール

(日本–ラミクタール)
眠気、注意力・集中力・反射運動能力等の低下が起こることがあるので、本剤投与中の患者には自動車の運転等、危険を伴う機械の操作に従事させないよう注意すること。

(英国–ラミクタール)
抗てんかん薬に対する反応は個人によって異なる。本薬でてんかん治療中の患者は、運転に関する事柄を主治医に相談すべきである。

運転能力に与える影響についての研究は行われていない。治験における副作用で、めまいや複視の報告がある。それ故、運転や機械操作を行う前に、患者はラミクタールが自分自身に与える影響について見極めるべきである

以下に、具体的な薬剤名とわが国の添付文書に記載された運転の可否を例として列挙します。

運転禁止でない抗うつ薬
パキシル(パロキセチン塩酸塩)
パキシルCR (パロキセチン塩酸塩)
レクサプロ(エスシタロプラム)
ジェイゾロフト(塩酸セルトラリン)
サインバルタ(デュロキセチン塩酸塩)
トレドミン(ミルナシプラン塩酸塩)
イフェクサーSR(ベンラファキシン塩酸塩)

運転禁止とされている精神薬
セディール(タンドスピロン)含めて、すべての抗不安薬

デプロメール(フルボキサミンマレイン酸塩)
ルボックス(フルボキサミンマレイン酸塩)
リフレックス(ミルタザピン)
レメロン(ミルタザピン)
イフェクサーSR(ベンラファキシン塩酸塩)

ラミクタール(ラモトリギン)
リーマス(炭酸リチウム)
デパケン(バルプロ酸ナトリウム)

エビリファイ(アリピプラゾール)
ジプレキサ(オランザピン)
セロクエル(クエチアピン)
ビプレッソ(クエチアピン)
ルーラン(ペロスピロン塩酸塩)
リスパダール(リスペリドン)

アナフラニール(クロミプラミン)
トフラニール(イミプラミン塩酸塩)
トリプタノール(アミトリプチリン塩酸塩)
ノリトレン(ノルトリプチリン)
スルモンチール(トリミプラミンマレイン酸塩)
アモキサン(アモキサピン)
アンプリット(ロフェプラミン塩酸塩)
ルジオミール(マプロチリン塩酸塩)
テトラミド(ミアンセリン塩酸塩)
レスリン(トラゾドン塩酸塩)
デジレル(トラゾドン塩酸塩)


(2020年6月25日 追記)

運転禁止でない抗うつ薬

ルボックス・デプロメール・フルボキサミン以外の SSRIと本邦で承認された SNRI 3剤が運転禁止ではありません。

運転禁止でない抗うつ薬

パキシル(ジェネリック:パロキセチン)SSRI
パキシルCR (ジェネリック:なし) SSRI
レクサプロ(ジェネリック:なし)SSRI
ジェイゾロフト(ジェネリック:セルトラリン) SSRI
サインバルタ(ジェネリック:なし)SNRI
トレドミン(ジェネリック:ミルナシプラン)SNRI
イフェクサーSR(ジェネリック:なし)SNRI
トリンテリックス(ジェネリック:なし)multimodal

上記以外のすべての向精神薬が運転禁止とされています。

 

SNRIが運転禁止でなくなった経緯(時系列で)

平成 26 年 1 月
日本神経精神薬理学会及び日本うつ病学会が「添付文書に関する要望書」を提出

要望書
ほとんどの精神疾患患者は、症状改善と再発予防のために向精神薬の服薬継続が不可欠だが、我が国の添付文書によれば、抗うつ薬3 剤(パロキセチン塩酸塩水和物、塩酸セルトラリン、エスシタロプラムシュウ酸塩)を除いた全ての向精神薬に関して、運転中止を求めざるを得ないこと、恩恵があるはずの治療薬が患者の生活を奪うことになるばかりか、必要な治療を受けず症状の悪化、再発をしてしまう患者の増加を危惧していることから、添付文書の改訂を要望する

 

平成 28 年 9 月
依頼を受けた厚生労働省医薬・生活衛生局安全対策課は、独立行政法人医薬品医療機器総合機構に対して、SNRI の自動車の運転等危険を伴う機械の操作時の安全性に関する調査を依頼

 

平成 28 年 10 月
独立行政法人医薬品医療機器総合機構が調査結果報告書を公表

機構は、精神疾患の症状や併用薬等の状況により自動車運転を控えるべき患者層が存在すると考えるが、SNRI 服用中に一律自動車の運転等危険を伴う機械の操作を禁止するのではなく、SSRI と同様に自動車運転に注意する旨の注意喚起が妥当であり、自動車運転を希望する患者には、医師が運転に影響を及ぼしうる本剤の副作用発現についてよく説明した上で、患者が眠気やめまいを自覚した場合は、運転をしないよう注意喚起することが適切であると考える。

 

平成 28 年 11 月
厚生労働省医薬・生活衛生局安全対策課長より、日本製薬団体連合会安全性委員会委員長宛てに使用上の注意の改訂指示がなされるとともに、医師会・各学会および都道府県等に対して<ミルナシプラン塩酸塩、デュロキセチン塩酸塩及びベンラファキシン塩酸塩の「使用上の注意」改訂の周知について(依頼)>が出された。

 

日本製薬団体連合会安全性委員会委員長宛てに使用上の注意の改訂指示

[重要な基本的注意]の項の自動車の運転等危険を伴う機械の操作に関する記載を「眠気、めまい等が起こることがあるので、自動車の運転等危険を伴う機械を操作する際には十分注意させること。また、患者に、これらの症状を自覚した場合は自動車の運転等危険を伴う機械の操作に従事しないよう、指導すること。」と改める。

 

運転する際の条件
(医師が患者に本剤の副作用に関して適切な指導を行うなど一定の条件を満たした上で、十分注
意して自動車運転等を行うよう求めることとされている)

医師及び自動車運転等を希望する患者に対する注意事項
1. 本剤を処方される患者が自動車運転等を希望する際に医師が注意すべき点
① 患者のうつ病等の精神疾患の状態が安定しているかよく観察する。
② 用法・用量を遵守する。
③ 患者に対する本剤の影響には個人差があるので、個々の患者をよく観察する。
④ 本剤の投与により、めまい、眠気に代表される自動車運転等に影響を与える
可能性のある副作用が発生することがあるので、患者の自覚症状の有無を確
認する。
⑤ 投与初期、他剤からの切り替え時、用量変更時には、患者にとって適切な用
量で精神疾患の状態が安定しているか、特に患者の状態に注意する必要があ
る。そのため、自動車運転等の可否を判断する前に一定期間、観察すること
も検討する。
⑥ 多剤併用処方は避け、必要最小限のシンプルな処方計画を心がける。また、
併用薬がある場合は自動車運転等への影響を予測することが困難なため、場
合によっては自動車運転等を避けるよう注意することが適切な場合もある。
2. 本剤を処方された患者が自動車運転等を行う際に患者が注意すべき点
① 本剤の投与により、めまい、眠気に代表される自動車運転等に影響を与える
可能性のある副作用が発生することがある。
② 投与初期、他剤からの切り替え時、用量変更時等は上記副作用が発生しやす
いため、可能な限り自動車運転等を控え、めまい、眠気や睡眠不足等の体調
不良を自覚した場合は、自動車運転等を絶対に行わない。

 

 

平成 28 年 12 月
厚生労働省医薬・生活衛生局の医薬品・医療機器等安全性情報 No.339 にて、医師・医療関係者に周知された。

<ミルナシプラン塩酸塩,デュロキセチン塩酸塩及びベンラファキシン塩酸塩製剤の自動車運転等に係る注意事項について>

2019年12月15日 | カテゴリー : | 投稿者 : wpmaster