リチウムは原子番号3のアルカリ金属元素です。
リチウムの医学への導入は、1870年に遡ります。同年、米国の神経科医ミッチェルが、臭化リチウムを抗けいれん薬、睡眠薬として用いることを提案しました。
1871年には、米国ベルビュー病院医科大学教授のハモンドが、リチウムを初めて躁病に処方しました。
リチウムをうつ病に用いた最初の国はデンマークです。1894年、デンマーク人精神科医のランゲが、35人のうつ病患者を炭酸リチウムで治療したとされます。
その後、医学論文の世界からリチウムに関する情報は途絶えますが、50年以上経った1949年に、再び復活を果たします。
1949年、オーストラリアの退役軍人病院医師、ジョン・ケイドが躁病患者をクエン酸リチウムと炭酸リチウムで治療し、何人かの患者が著しい改善を見せたのです。
これをきっかけに、リチウム治療のブレークスルーが起こります。デンマークのオーフス大学精神科医長ストログレンがケイドの論文に刺激を受け、スタッフ精神科医であったシューに治験を指示したのです。
1952年、指示を受けたシューは躁病患者を対象に、当時始まったばかりであった無作為対照試験を実施しました。
1954年、シューは臨床試験の結果を英国医学誌(British journal)に発表し、「リチウム治療は電気けいれん療法に代わる有望な治療法である。リチウム治療を受けている多くの患者が、正常状態を維持している」と結論づけました。
シューの論文は医学界に大きな衝撃を与えました。今までは(電気けいれん療法以外には)バルビツール酸で抑えるしかなかった疾患に、通常治療の光明が差したからです。
その後世界各国で治験が繰り広げられ、その有効性が認められるに至りました。
日本では大正製薬が開発に当たり、「リーマス」の製品名で1980年に発売されました。一般名は「炭酸リチウム」( lithium carbonate )です。
躁うつ病に効くリチウムという意味で、リーマスと名付けられたとのことです。
Lithium manic depressive Psychosis
我が国における適応は、躁病および躁うつ病の躁状態 です。
用法用量は、 開始量 400~600mgで、その後3日~1週間毎に1200mgまでの範囲で漸増します。通常の維持量は 200~800mgで、1日量を1~3回に分けて服用します。
投与初期、用量を増量したときには 1週間に1回をめどに血清リチウム濃度の測定を行う、また、維持量投与中には2~3ヵ月に1回をめどに血清リチウム濃度の測定を行う、とされています。リチウム中毒を避けるためです。
有効血清リチウム濃度は 0.3~1.2mEq/L程度です。服用開始後や増量後に血清リチウム濃度が定常状態に達するまでには、およそ5日間かかります。
有効血清リチウム濃度が、1.5mEq/Lを超えたときは臨床症状の観察を十分に行い、必要に応じて減量又は休薬等の処置を行うこと、血清リチウム濃度が2.0mEq/Lを超えたときは減量又は休薬すること、とされています。
血清中濃度が1.5mEq/Lを超えると中毒域ですが、その濃度判定は、定常状態に達したあとの朝の最低濃度を指標にします。
ただし、正常範囲の血中濃度であっても、リチウム中毒の症状が出現することがあることに注意が必要です。
血中濃度の推移は、200mg単回経口投与した場合、2.6時間で最高血中濃度に到達し、半減期は18時間でした。
代謝に関して。リチウムは、吸収された後無機イオンになりますので、代謝は受けません。
排泄は大部分が尿中排泄で、400mgを単回経口投与した場合、128時間までに投与量の94.6%が尿中に排泄されました。
投与禁忌は以下の通りです。
①てんかん等の脳波異常のある患者、②重篤な心疾患のある患者、③リチウムの体内貯留を起こしやすい状態にある患者( 1. 腎障害、2. 衰弱又は脱水状態、3. 発熱、発汗又は下痢を伴う疾患、4. 食塩制限患者 )、④妊婦又は妊娠している可能性のある婦人
重要な基本的注意からは2点、抜粋してお示しします。
① 自動車の運転等危険を伴う機械類の操作に従事させない。
② 改善がみられたら、維持量に漸減する。
薬物相互作用については、リチウム中毒の出現が起こりやすくなる薬剤との併用に特に注意します。
リチウム中毒を起こすと報告がある薬剤は、次の通りです。
① ロキソプロフェンなど、非ステロイド性消炎鎮痛剤、② 利尿剤、③ アンジオテンシン変換酵素阻害剤、アンジオテンシンⅡ 受容体拮抗剤 (高血圧治療薬)、④ メトロニダゾール(抗菌薬)
発現頻度順に副作用を見てみます。
振戦 (4.55%)
口渇 (2.40%)
嘔気・嘔吐 (1.80%)
下痢 (1.18%)
脱力・けん怠感 (1.02%)
食欲不振 49(0.98%)
肝機能異常 (0.90%)
白血球増多 (0.88%)
ねむけ 38(0.76%)
めまい 38(0.76%)
高齢者への投与については、慎重に投与することが求められています。特に 60 歳以上では副作用が高率に発現するためと説明されています。(腎機能等が低下していることが多いため、血清リチウム濃度が高くなるおそれがある。)
副作用出現時の対応としては、① 使用量を、効果が認められる範囲で可能な限り少量にする、② 分割服用を活用する、③ 最も多い振戦に対しては、必要に応じてβブロッカーの使用も考慮する。
長期服用時の注意
特に女性に多いのですが、半年以上の服用で甲状腺機能低下症が起こることがあります。普通は可逆的で(リチウムを中止すれば回復する)、甲状腺ホルモンによる治療にもよく反応しますので、リチウム治療の絶対的禁忌にはあたりません。
心臓の伝導障害や、腎機能障害にも注意が必要です。
双極性障害でのリチウムの使用
難点を多く抱えたリチウムではあるのですが、今なお躁病治療においてはゴールデン・スタンダードの位置を占めています。
ただし、急性の躁症状に対しては、まずは第二世代の抗精神病薬で治療されることが普通になりました。オランザピン、リスペリドン、アリピプラゾールなどです。
現場では早期に症状を収めたく、効果発現の早さで、抗精神病薬の方がリチウムやバルプロ酸などの気分安定薬に勝っているからです。
さらに緊急を要する場合には、抗精神病薬の中でもオランザピンやハロペリドールの筋肉注射薬が多く用いられます。(本邦では適応外ですが)
急性症状が落ち着けば、リチウムに出番が回ってきます。リチウム開始後は、抗精神病薬は漸減していきます。 (現在では、第二世代抗精神病薬が双極性障害の維持療法にも用いられます。)
古典的な双極Ⅰ型タイプには、リチウムがよく奏効します。
逆に、ラピッドサイクラー(急速交代型)や混合型の双極性障害には、リチウムよりも他の気分安定薬や抗精神病薬の有効性が高いとされています。
エピソード回数が年間2回以下であったり、親族に双極性障害がいる場合には、リチウムの効果がより期待できます。
リチウムは、躁病エピソードの症状改善に加えて、うつ症状の再発予防や、自殺予防にも効果があります。
リチウムが有効な患者では、長期にわたってリチウム単剤で症状コントロールが可能なケースが多くあります。
各治療段階でのリチウム濃度は、急性期であれば1~1.5mEq/L(服薬量は1000~1200mg)程度、維持療法の時期であれば0.6~1mEq/Lと言われています。
増強療法としてのリチウム
抗うつ薬に十分反応しない、治療抵抗性うつ病に対して、リチウムを追加することで効果の増強が期待できます。
リチウム増強療法が有効な場合には、通常は2週間以内にその効果が認められます。
(2020/08/15 追記)
リチウムと妊娠
双極性障害の治療で重要な位置を占めるリチウムですが、妊婦又は妊娠している可能性のある婦人への投与は禁忌となっています。リチウムが妊娠時に禁忌となっているのは、胎児心奇形の増加があるためとされています。
これに関して、比較的最近、2つの研究が報告されています。それによれば、以前考えられていたほど、心奇形の発生は多くないようです。
1つめの研究は、「妊娠中のリチウム使用と心奇形のリスク」というタイトルです。(Lithium Use in Pregnancy and the Risk of Cardiac Malformations)
その結果を見ると、心奇形の発生率は、リチウム使用で2.41%、非使用で1.15%でした。(ラモトリギン使用では1.39%)
使用量別にリスク比を見ると、
600mg/日以下の使用で1.11倍、
601~900mg/日の使用で1.60倍、
901mg/日以上の使用で3.22倍
でした
2つめの研究は「妊娠中のリチウム使用と母児の転帰」というタイトルです。(Maternal and infant outcomes associated with lithium use in pregnancy)
妊娠初期3か月に妊婦がリチウムを使用した場合、
主要な奇形は増加するが(使用7.4%、非使用4.3%)
心奇形の有意な増加はない(使用2.1%、非使用1.6%)
という結果でした。
妊娠の少なくない割合が、予定外であることを考えると、生殖可能年齢の女性にリチウムを投与する場合には、十分なインフォームドコンセントが必要であるといえます。