2019年11月に武田薬品工業から新たに発売されたトリンテリックスは、デンマークのルンドベック社が創製したセロトニン再取り込み阻害・セロトニン受容体調節作用を持った抗うつ薬です。
まずはトリンテリックスの特徴を簡略に示してみます。
うつと不安の両方に効果がある。
認知機能障害を緩和する。
(5-HT1A、5-HT1B、5-HT3、5-HT7受容体に対する作用により、アセチルコリン作動性神経伝達およびヒスタミン作動性神経伝達を亢進させます。これが認知機能にポジティブな効果をもたらすと考えられています。)
副作用で多いのは、悪心、嘔吐、下痢、口渇である。
トラマドールとの併用はけいれんリスクを高める。
妊娠カテゴリーC
体重増加がほぼない。
SSRIよりも性機能障害の発生率が低い。
代謝に関与する酵素で重要なものはCYP2D6である。
(トリンテリックス自体は、SYP酵素の有意な阻害や誘導を示しません。CYP2D6を阻害するパロキセチンやデュロキセチンなどと比較しての優位点です。)
レム睡眠抑制作用が示されている。
半減期が長く中止症状は殆ど無い。(突然中止することが可能)
うつ病における無気力症の有効な治療薬である可能性が示唆されている。
認知促進作用を有するなど、高齢者うつ病に用い易い。
プロゲステロンの急減によりもたらされる不安、過敏、無気力、引きこもり、抑うつなどに対する有効性が示唆されている。
(上記症状はGABA作動性神経伝達の変化により起こります。トリンテリックスはGABA作動性神経細胞に存在する5-HT1A受容体および5-HT3受容体に対してアゴニスト、アンタゴニストとして作用して、GABA作動性神経細胞の活性を調節します。)
うつ病の再発を防ぐ効果があると言われている。
トリンテリックスの検索で当ブログを訪問して下さる方が増えています。感謝して今回は、私自身も気になっているトリンテリックスの認知機能改善効果について調査しました。(この項は2020年11月12日追記)
トリンテリックス投与により、腹側海馬や前頭前皮質などの領域で、セロトニン、ドパミン、ノルアドレナリン、アセチルコリン、ヒスタミンの上昇が認められたと報告されています。(Arne Mørk、ラット)
サインバルタと比較した臨床研究で、トリンテリックスを投与したグループでは、血清のBDNF(脳由来神経栄養因子)が有意に上昇し、前頭前野の実行機能の改善がサインバルタより優れていました。(Li Hu)
トリンテリックスによる治療は、うつ症状の改善とは殆ど無関係に、主観的な認知機能の改善と、客観的な機能的能力の改善をもたらしました。(Frampton)
トリンテリックスは、海馬など脳の一部の領域で、ギャバ作動性神経伝達を阻害して錐体細胞に対する抑制を解除し、グルタミン酸作動性シグナル伝達を増強するようです。恐らく、5-HT3受容体拮抗作用によるものと考えられます。(Dale、細胞実験系)
トリンテリックスは海馬において、錐体細胞の抑制を解除してその出力を増加させることで、海馬のシナプス可塑性を高めることができると考えられます。レクサプロには、このような効果は認められませんでした。(Dale、細胞実験系)
トリンテリックスは、覚醒度を増し、前頭前皮質の活動性を増加させました。5-HT7拮抗作用・5-HT3拮抗作用・5-HT1A作動作用によるものと考えられます。同時に調査したサインバルタは覚醒度のみ増加させ、レクサプロはいずれの効果も示しませんでした。(Leiser、ラット、脳波検査)
トリンテリックスを1週間投与したラットでは、海馬のシナプス数とミトコンドリア数が大幅に増加しました。フルオキセチン(プロザック、本邦未発売)では、この効果は認められませんでした。また、海馬のBDNF(脳由来神経栄養因子)レベルも有意に高くなりました。(Chen)
トリンテリックスを、アルツハイマーモデルマウスに投与した実験では、認知機能障害の改善が認められました。アミロイド βの減少はありませんでしたので、恐らく、シナプス機能の改善によるものと考えられました。(Jiang )
さて、
トリンテリックスには、他の抗うつ薬にない「認知機能の改善効果」がありそうです。
抗うつ効果だけをみれば、例えばサインバルタと比較して有効性が低いことが示されていますので、注意が必要です。
また、認知機能の改善を示した研究では、3か月程度の長期投与で認められたものもあることに留意しましょう。
各種の研究から、この認知機能改善効果は、主として、5-HT7拮抗作用と5-HT3拮抗作用によるものと思われます。
5-HT7受容体について
5-HT7受容体(セロトニン7受容体)については、まだ十分に解明されていません。体温調節、睡眠とサーカディアンリズムの調節にかかわっていることは確実なようです。
臨床観察からは、この受容体の遮断により、統合失調症における認知機能低下の改善が認められています。また、てんかん、偏頭痛、自閉症、レット症候群に対する有効性も示唆されています。
当ブログでも記載していますが、ラツーダ(ルラシドン)の主要な効果の一部を担うのも、この5-HT7受容体拮抗作用です。ラツーダは、この作用により、認知機能改善効果が期待されています。
以下はトリンテリックスの概略です。
トリンテリックスという名称の由来
うつ病の3つの症状「精神症状」「身体症状」「認知機能」に効果が期待できるので、3 を意味する「tri」と、優れた抗うつ薬を意味する「brilliant」、「excellent」の「rint」、それに「x」を付けて命名されました。
海外では、5mg、10mg、20mgの3種類の錠剤が販売されていますが、日本では残念ながら10mg、20mgの2種類のみの販売となりました。
一般名は、ボルチオキセチン臭化水素酸塩(Vortioxetine Hydrobromide)です。
構造式
本邦における効能又は効果
うつ病・うつ状態
用法及び用量
1 日 1 回、10mg を 経口投与。なお、 1 日 20mg を超えない範囲で適宜増減するが、増量は 1 週間以上の間隔をあけて行います。
作用部位・作用機序
セロトニン再取り込み阻害作用
セロトニン受容体調節作用
5-HT 3 、5-HT 7 及び 5-HT 1D 受容体アンタゴニスト作用
5-HT 1B 受容体部分アゴニスト作用
5-HT 1A 受容体アゴニスト作用
血中濃度
最高血中濃度到達 12時間
半減期 67時間
食事の影響
空腹時と食後の服薬で、血中濃度に有意な差は無く、食事の影響は認められません。
代謝
代謝には複数の CYP 分子種(CYP2D6、CYP3A4/5、CYP2C19、CYP2C9、CYP2A6、CYP2C8 及び CYP2B6)
が関与します。
車の運転(禁止ではなく注意)
(添付文書の記載)「眠気、めまい等があらわれることがあるので、自動車の運転等危険を伴う機械を操作する際には十分注意させること。また、これらの症状を自覚した場合には、自動車の運転等危険を伴う機械の操作に従事しないよう患者に指導すること。」
併用に注意が必要な薬剤等
トリプタン系頭痛薬、SSRI、SNRI、トラマドール、炭酸リチウム、セント・ジョーンズ・ワート等との併用でセロトニン作用が増強する可能性があります。
パロキセチンなどCYP2D6 阻害作用を持つ薬剤との併用で、代謝が阻害されて血中濃度が上昇する可能性があります。
非定型抗精神病剤、フェノチアジン系抗精神病剤、三環系抗うつ剤、アスピリン等の非ステロイド系抗炎症剤、ワルファリンカリウム等との併用で出血傾向が増強するおそれがあります。
(SSRI は セロトニントランスポーター 阻害作用を介して血小板凝集を抑制し、出血傾向を示す可能性があります)
副作用
重大な副作用として「セロトニン症候群」「痙攣」「抗利尿ホルモン不適合分泌症候群(SIADH)」があります。
その他一般的な副作用は
悪心 19.0%
傾眠 6.0%
頭痛 5.7%
下痢 4.1%
便秘 2.9%
嘔吐 2.8%
口内乾燥 1.9%
SERT 1.6(nM)阻害
5-HT3 3.7(nM)拮抗
5-HT1A 15(nM)作動
5-HT7 19(nM)拮抗
5-HT1B 33(nM)部分作動
5-HT1D 54(nM)拮抗
β1 46(nM)
NET 113(nM)阻害
作用メカニズム
セロトニントランスポーターに結合してセロトニンの再取り込みを阻害します。
5-HT1A受容体の刺激は、セロトニン神経系にネガティブフィードバックを来しますが、トリンテリックスは5-HT1A受容体を反復刺激することで脱感作を生じさせ、ネガティブフィードバックを減弱させます。
5-HT1B、5-HT1D受容体を遮断して、セロトニン神経系におけるネガティブフィードバックを解除します。
以上により、シナプス間隙のセロトニン量が増加します。
GABA作動性神系に存在する5-HT3、5-HT7受容体を遮断し、GABAによる抑制を解除してセロトニンの遊離を促進します。
GABA作動性神系に存在する5-HT3、5-HT7、5-HT1A受容体に作用し、GABAによる抑制を解除してノルアドレナリンの遊離を促進します。ノルアドレナリン神経終末にある5-HT1Bにも作用し、ノルアドレナリンの遊離を促進します。
GABA作動性神系に存在する5-HT7、5-HT1A受容体に作用し、GABAによる抑制を解除してドパミンの遊離を促進します。ドパミン神経終末にある5-HT1Bにも作用し、ドパミンの遊離を促進します。
GABA作動性神系に存在する5-HT3、5-HT1A受容体に作用し、GABAによる抑制を解除してアセチルコリンの遊離を促進します。アセチルコリン神経終末にある5-HT1Bにも作用し、アセチルコリンの遊離を促進します。
GABA作動性神系に存在する5-HT1A受容体に作用し、GABAによる抑制を解除してヒスタミンの遊離を促進します。ヒスタミン神経終末にある5-HT1Bにも作用し、ヒスタミンの遊離を促進します。