パキシル(パロキセチン)、パキシルCR

パキシルが日本で発売されて20年。当初その高い力価から多くの精神科医の期待を集めたパキシルです。

パキシル発売当時、私は某国立大学の保健管理センターに所属していました。同じ保健管理センターの女性精神科医師が「保健管理センターでも、パキシルが使えたらいいのに」と言った言葉をよく覚えています。

その頃の保健管理センターでは、学生のうつや神経症に対して無料で薬物投与、カウンセリングを行っていましたが、限られた予算では高い薬は処方できず、発売間もない高価なパキシルは高嶺の花でした。

保健管理センターで一番多く処方されていたのは、安価なアビリット(=スルピリド)でした。

日本より約10年早く市場導入された欧米では、当時すでにパキシルの有害事象が蓄積されていたのですが、その情報は私たちの手の届くところにはありませんでした。

以下、現在得られる情報の範囲でパキシルの注意点を述べてみます。

現在、パキシルは本当に使いにくい薬となってしまいましたが、なおパキシルが最も有効である人たちも存在します。

そのような人たち、他の薬ではどうしても精神症状の改善が得られない人たちには、リスクとベネフィットを秤に掛けて、注意深くパキシルを使用して頂きたいと思います。

パロキセチンは、うつ、不安、パニック、心的外傷後ストレス、社交不安、月経前障害、強迫性スペクトラム障害に効果が認められている。

パロキセチンはセロトニントランスポーターに対して現在知られている薬剤の内、最も高い親和性を持つ。シナプス間セロトニンの増加は著しく、下垂体の乳腺刺激ホルモン分泌細胞及び中枢神経系他部位でドーパミン放出を抑制する。

パロキセチンは、すべての抗うつ薬の中で最も高いSYP2D6 阻害作用を持つ。

パロキセチンと乳がん増加に関する多くの研究があるが結論は出ていない。

パロキセチンにはエストロゲン作用があり、女性の乳房腫瘍の発生と成長を促進する可能性がある。

パロキセチンとタモキシフェン(乳がん再発予防薬)を併用した乳がん患者では、他の抗うつ薬を服用した患者よりも乳がんで死亡する可能性が高い。

少なくとも乳がん家族歴のある女性が抗うつ薬を使う場合は、パロキセチンを避けることが望ましい。

パロキセチンとプラバスタチンの併用は血糖値を上昇させる。(両剤とも単独では血糖値上昇作用はない)

妊娠カテゴリーD

心房中隔欠損症のリスクがあるため、出産可能性のある女性へのパロキセチンの投与を避ける必要がある。

すべてのSSRIの中で、パロキセチンは最も抗コリン作用が強い。

パロキセチンはその抗コリン作用のため、高齢者では他のSSRIよりも混乱や精神運動障害を引き起こす可能性が高い。

他のSSRI と比べて、パロキセチンは性欲減退および勃起不全を起こしやすい。

パロキセチンは精子のDNA断片化を誘発し、男性の受胎可能性に悪影響を与える可能性がある。

若年成人に使用した場合の、衝動性・攻撃性・自殺願望の増加に関して、パロキセチンは最も注意しなければならない抗うつ薬の一つである。

 


 

以下はパキシルの概要です。

パキシルは、1975 年(昭和50年)にデンマークの Ferrosan 社が合成し、イギリスのスミスクライン ビーチャム社が開発を進めたSSRIです。

イギリスでは、1990 年のセルトラリン市場導入に続き、1991年に抗うつ薬として市場導入されました。米国への導入は1992年、本邦への導入は2000年です。

パキシルという名称は、一般名であるパロキセチンに由来します。

構造式

適応(効能又は効果)
うつ病・うつ状態、パニック障害、強迫性障害、社会不安障害、外傷後ストレス障害

用法及び用量(適応病名により投与量が異なります)
うつ病・うつ状態
通常、成人には 1 日 1 回夕食後、パロキセチンとして 20~40mg を経口投与する。
投与は 1 回 10~20mg より開始する
パニック障害
通常、成人には 1 日 1 回夕食後、パロキセチンとして 30mg を経口投与する。
投与は 1 回 10mg より開始する
強迫性障害
通常、成人には 1 日 1 回夕食後、パロキセチンとして 40mg を経口投与する。
投与は 1 回 20mg より開始する
社会不安障害
通常、成人には 1 日 1 回夕食後、パロキセチンとして 20mg を経口投与する。
投与は 1 回 10mg より開始する
外傷後ストレス障害
通常、成人には 1 日 1 回夕食後、パロキセチンとして 20mg を経口投与する。
投与は 1 回 10~20mg より開始する

血中濃度推移
最高血中濃度到達時間(T max )約 5 時間(単回投与)
半減期(T 1/2)約 15 時間(単回投与)、約 10 時間(反復投与)
食事の影響はないと考えられます

代謝に関与する酵素
本剤は主に肝臓の CYP2D6 により代謝される
本剤は CYP2D6 を拮抗阻害の様式で阻害する

禁忌
1.本剤の成分に対し過敏症の既往歴のある患者
2.MAO 阻害剤を投与中あるいは投与中止後 2 週間以内の患者
3.ピモジドを投与中の患者(QT延長)

慎重投与
(1)躁うつ病患者[躁転、自殺企図があらわれることがある。]
(2)自殺念慮又は自殺企図の既往のある患者、自殺念慮のある患者[自殺念慮、自殺企図があらわれることがある。]
(3)脳の器質的障害又は統合失調症の素因のある患者[精神症状を増悪させることがある。]
(4)衝動性が高い併存障害を有する患者[精神症状を増悪させることがある。]
(5)てんかんの既往歴のある患者[てんかん発作があらわれることがある。]
(6)緑内障のある患者[散瞳があらわれることがある。]
(7)抗精神病剤を投与中の患者[悪性症候群があらわれるおそれがある。]
(8)高齢者(SIADH)
(9)出血の危険性を高める薬剤を併用している患者、出血傾向又は出血性素因のある患者[皮膚及び粘膜出血(胃腸出血等)が報告されている。]

重要な基本的注意
(1)自動車の運転等に注意
(2)自殺企図に注意
(3)不安、焦燥、興奮、パニック発作、不眠、易刺激性、敵意、攻撃性、衝動性、アカシジア/精神運動不穏、軽躁、躁病等があらわれることがある。自殺念慮、自殺企図、他害行為が報告されている。
(4)若年成人の自殺行動(自殺既遂、自殺企図)に注意
(5)自殺傾向が認められる場合は1 回分の処方日数を最小限にとどめる。
(6)家族等に自殺念慮や自殺企図、興奮、攻撃性、易刺激性等の行動の変化及び基礎疾患悪化があらわれるリスク等について十分説明を行う。
(7)双極性障害を適切に鑑別すること。
(8)投与中止(特に突然の中止)又は減量により、めまい、知覚障害(錯感覚、電気ショック様感覚、耳鳴等)、睡眠障害(悪夢を含む)、不安、焦燥、興奮、意識障害、嘔気、振戦、錯乱、発汗、頭痛、下痢等があらわれることがある。徐々に減量すること。
(9)原則として、5mg 錠は減量又は中止時のみに使用すること。
(10)本剤を投与された婦人が出産した新生児では先天異常のリスクが増加するとの報告があるので、妊婦又は妊娠している可能性のある婦人では、治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合以外には投与しないこと。

併用注意
パロキセチンと炭酸リチウム 、トラマドール 、フェンタニル  又は St. John’s Wort  との併用によりセロトニン症候群、スマトリプタンとの併用により運動障害 が発現したとする文献報告がある。

パロキセチンとタモキシフェンの併用によりタモキシフェンの活性代謝物(エンドキシフェン)への代謝が阻害され、タモキシフェンの作用が減弱するおそれがある。海外において、タモキシフェンと SSRI を併用している患者で、乳癌の再発リスク、乳癌による死亡のリスクが高まるとの文献報告 がある

副作用(承認時まで+使用成績調査の合計で1%以上のもの)
傾眠 ( 9.41%)
浮動性めまい ( 3.62%)
頭痛 ( 2.88%)
便秘 ( 2.77%)
食欲減退 ( 2.15%)
倦怠感 ( 2.14%)
口渇 ( 1.82%)
不眠症 ( 1.38%)
下痢 ( 1.13%)
嘔吐 ( 1.10%)

結合親和性 Ki (nM)
SERT 0.34
M1 72
M3 80
NET 156
M4 320
M2 340
DAT 490
M5 650
α1 2,741
α2 3,900
5-HT2A 6,300
D2 7,700
5-HT2C 9,000
5-HT1A 21,200
H1 >10,000


パキシル CR 錠のCRはコントロールドリリースを意味します。

腸溶性のフィルムコーティングにより、消化管で薬物が放出される部位を限定します。

加えて、 2 層の放出制御技術によって薬物がゆるやかに溶出するように設計されています。

これらにより、投与初期に多く見られる吐き気などの消化器症状が軽減するとともに、血中濃度の上昇がゆるやかで、反復投与したときに血中濃度の変動が小さくなります。

パキシルCRの適応は、うつ病・うつ状態のみです

パキシルCRを単回投与したときの、最高血中濃度到達は8~10時間、半減期は約13時間です。


パロキセチンの用量について(2021.5.29)

具合的な用量でSSRIの有効性を調べた最近のメタアナリシスから、パロキセチンの用量について紹介いたします。

(Systematic Review or Meta-Analysis In search of a dose – response relationship in SSRIs — a systematic review, meta-analysis, and network meta-analysis. Acta Psychiatr Scand 2020: 142: 430–442)

この研究によると、パロキセチンには正の用量-反応関係が認められています。つまり、低用量のパロキセチンよりも高用量のパロキセチンの効果が高いというものです。

具体的には、20mgは10mgよりも優れていました

10mgと 30mg、10mgと40mg、15mgと30mgなどの比較でも、高用量のパロキセチンが低用量のパロキセチンよりも優れていました。

特に、10mgのパロキセチンはいずれの用量と比較しても劣っており、治療推奨には値しないと述べられています。

論文中の表より、パロキセチンの部分を抜粋してお示しします。

2020年7月4日 | カテゴリー : | 投稿者 : wpmaster