ピルとストレスホルモン

ピルの使用は、心と体に対して中立ではないという多くの研究があります。

あのネイチャー誌にも、ピルの使用が慢性的な精神ストレスと同じ変化を体にもたらす可能性があるという研究が掲載されています。

今回は、ネイチャーに載ったこの研究を紹介いたします。

(原題は「Evidence for Stress-like Alterations in the HPA-Axis in Women Taking Oral Contraceptives」経口避妊薬服用女性における視床下部-下垂体-副腎系のストレス様変化、です。)

論文の中で著者らは、「経口避妊薬は慢性的な精神的ストレスと同様な作用を女性にもたらす可能性がある」と結論づけています。

ピルの服用は、一部の女性にうつ病を引き起こすだけでなく、ストレスによる脳の変化をもたらす可能性があるとも言っています。

副腎皮質ホルモンのコルチゾールは、ストレスを受けると分泌が増えるので、別名ストレスホルモンとも呼ばれています。

慢性的なストレスに晒されると、体の中でコルチゾール濃度が高くなったり、日内リズムが低下したりします。この状態は、いくつかの精神疾患の原因にもなります。

ピルを服用している女性では、体内で慢性的にコルチゾールが増加していることが報告されています。

今回の研究でも、ピルの使用とコルチゾール値の上昇の間に有意な関連があることがわかりました。

つまり、ピルを服用することで、慢性的な精神的ストレスに晒されているのと同じ変化が体に起こっている可能性があります。

また、ピルの使用は中性脂肪の上昇やリン脂質の変化とも関連していましたが、これらの変化はコルチゾールの上昇によってもたらされると考えられました。

視床下部-下垂体-副腎系では、ネガティブフィードバックによってコルチゾールの分泌が調整されますが、それに関与するFKBP5というタンパク質があります。

このFKBP5というタンパクをコードする遺伝子には、一塩基多型の遺伝子変異が知られています。

そしてこの遺伝子変異をもった女性では、ピルの服用によってFKBP5転写量の増加が認められました。

FKBP5の増加は、ネガティブフィードバックを減弱させて血中コルチゾールレベルを上昇させます。

コルチゾールの上昇は、海馬の神経新生を阻害することが動物実験で報告されていますので、今回著者らはMRIのデータで海馬の体積も調べました。

その結果、ピルの使用と海馬の体積に負の相関があることがわかりました。
つまり、ピルを服用している女性は海馬の体積が小さかったということです。

ピルを服用している女性はうつ病を発症するリスクが高いことが過去に報告されています。

しかし、そのメカニズムについては分かっていません。

今回の研究では、ピルを服用している女性のうち、FKBP5遺伝子の変異を持つ女性に限ってFKBP5の転写が増加していることがわかりました。

この結果は、同じFKBP5遺伝子変異と幼少期のトラウマとの関係を調べた研究と類似しています。
それは、この遺伝子変異を持つ人が幼少期にトラウマを経験するとFKBP5の発現が増加するという研究です。

著者らは、ピル服用による視床下部下垂体副腎系の変化は、個人の遺伝的背景や生育環境によって異なるのであろうと推論しています。

そしてまた、ピル服用で生じるうつ病のリスクも、個々人のもつ遺伝的背景や生育環境によって違っているであろうと述べています。

そうであるなら、将来的にはピル服用で気分障害を発症するリスクが高い女性は、遺伝子検査やトラウマ体験についての聞き取りで特定できるかもしれません。

また今回の研究では、ピルの使用に関連した海馬灰白質の減少が見いだされました。
この所見の原因としては、コルチゾールの上昇そのものによるものではなく、血中脂質の変化が影響している可能性があると述べています。

(注)
FKBP5遺伝子の発現増加は、メチル化の低下によると考えられています。

ここで遺伝子変異と表現しているのは、FKBP5の一塩基多型rs1360780 (C/T)のマイナーアリルTのことです。具体的にはrs1360780のホモ接合TTリスクアリルです。
 

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